前回、画像解析処理ソフトの進歩はすごいものがあると書きましたが、コンピュータの進化による恩恵を受けているのは画像処理に限りません。
計算処理速度と記憶容量が増えれば、人体の骨格と筋肉をモデル化して1本1本の筋肉の動きを計算することで、人の複雑な動きを表現しようとするのは自然な発想です。
このようなモデルを「筋骨格モデル」と言います。
今回の学会でも筋骨格モデルに関する研究発表が何件かありました。
(株)ナックイメージテクノロジーのホームページより
上の動画は全身モデルですが、初期はコンピュータの能力も十分でなく、上肢(腕や手)の運動を解析するときは上肢だけ、下肢(脚や足)の運動を解析するときは下肢だけをモデル化していました。
(右図は右下肢だけモデル化した例 K.Sasaki et al., J.Exp.Biol. 212, 738-744 より)
ところが、どうしても運動が正確に表現できない。
最初は筋肉や関節のモデル化が正しくないのだろうと考え、あれこれモデルを工夫したが、やっぱり限界がありうまくいかなかったそうです。
しかし、最近になって、例えば下肢の運動を解析するときに、下肢だけでなく胴体もモデル化すると、正しい答えが出るようになってきたそうです。
つまり、上肢や下肢は単独で動くのではなく、胴体と連動しながら運動していることが、筋骨格モデルによって分かってきたのです。
コンピュータの進化に伴い、筋骨格モデルでモデル化できる範囲が広がってきました。
胴体の細かい筋肉もモデル化し、姿勢や運動によってどの筋肉にどのような力が加わるか詳細に解析できるようになってきました。
その中で、今回 興味深い報告がありました。
それは、脊柱がS字カーブを描いている状態が最も腰部に対して負担が少ないというものです。
そして、腰部の前湾が無くなってくると腰部のモーメントが大きくなることを筋骨格モデルの解析によって示して、脊柱の前湾と後湾のバランスが崩れると慢性的な腰背部痛の原因になると述べていました。(下図)
第33回バイオメカニズム学術講演会
「3次元体幹筋骨格モデルの製作と脊柱後弯研究に関する報告」 より
実は、上図の解析結果はモデルが妥当でなく、解析するまでもない当たり前のことを言っているにすぎなかったのですが、筋骨格モデルによって今後いろいろなことが分かっていくであろう可能性を示した点は評価に値すると思います。
そして、脊柱の形が筋肉の力のバランスによって決まり、逆に脊柱の形が正しくないと腰背部に負担がかかることを、筋骨格モデルによって理解されてきているようです。
理学整体の理論の一つに「体幹末梢反射」「末梢体幹反射」というのがあります。
体幹というのは胴体のこと、末梢というのは四肢(上肢と下肢)のことです。
簡単に言うと、「体幹末梢反射」とは胴体の異常が手足の形や動きの異常となって現れるということ、「末梢体幹反射」とは手足の動きのアンバランスによって胴体に歪みが生じることです。
これはまさに、上述の「分かったこと-その壱」の元となる理論と言えます。
また理学整体では、治療にあたってまず患者さんの脊椎の状態 - 特に腰椎の前湾がしっかりしているかを診ます。
これは、これまでにも幾度となく書いているように腰椎の前湾が腰痛の原因と密接なつながりがあるからです。
こちらは「分かったこと-その弐」をすでに実践していたと言えます。
しかし、これらはいずれも理学整体を考案された酒井和彦先生がご自身の経験と考察に基づいて構築された理論です。
治療効果に関しては多く報告されていますが、理論を裏付ける科学的なエビデンスが得られていません。
それを何とかできないかというのが課題だと、私は考えています。
次回は、バイオメカニズム分野の将来についての所感を述べ、本シリーズのまとめとしたいと思います。